大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8024号 判決

原告 佐々木浩一

右訴訟代理人弁護士 堀合辰夫

同 山田有宏

被告 貝谷八百子こと 貝谷スミ子

右訴訟代理人弁護士 原後山治

同 大塚勝

主文

一、当裁判所が昭和四二年(手ワ)第二四六六号約束手形金請求事件につき昭和四二年七月一九日言渡した手形判決を認可する。

二、但し右手形判決主文第一項は、訴の一部取下により次のとおり変更された。

被告は原告に対し、二〇五万一五〇〇円及びこれに対する昭和四三年三月八日から完済までの年六分の金銭を支払わなければならない。

三、本件異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文第二項後段掲記と同旨および「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

被告の申立および当事者双方の事実上の陳述は、左記のほか主文掲記の手形判決の事実摘示のとおりであるから、ここにそれを引用する。

(原告の陳述)

(1)  本件1、2および4の各手形の受取人欄はいずれも白地であったが、昭和四三年三月七日の本件口頭弁論期日に原告は右の欄を林玄之助と補充した上、右各手形を被告に対し呈示した。本件全手形に対する遅延損害金は右の日の翌日であり、各手形金についての履行遅滞の後である昭和四三年三月八日以降の分の支払を求める。

(2)  原告は、昭和四一年三月二五日頃、被告の主宰する貝谷八百子バレエ団の経理担当者である訴外林玄之助から右バレエ団に必要な資金を貸してもらいたい旨の申込を受けて金一〇〇万円を貸付け、本件1、2の各手形を受けとり、その後右二通の手形の満期が到来した際、右訴外人から支払の猶予を頼まれ、本件3、4の各手形を受けとったものであって、右各手形は右訴外人が被告から詐取したものであること等は全く知らなかった。

(3)  本件3、4の各手形は右のように1、2の各手形を書換えたものではあるけれども、原告は右訴外人との契約により、1、2の各手形も返還せずに原告において保持することにしたもので、新旧両手形債権は併存するものである。

(4)  原告が被告の主張するように右訴外人振出しの四通の手形を受け取ったのは本件とは関係がなく、右四通の手形は本件3、4の手形を書換えたものではない。

(被告の陳述)

(1) 訴外林玄之助は昭和四〇年八月三日頃、被告に対し、被告の負担する手形債務がないのにこれがあると虚構の事実を述べ、手形を書換える必要があるからと申向けて被告を欺き、本件1、2の各手形を満期、振出日、受取人の各欄を白地としたまま振出させてこれを騙取し、更に同年九月二日頃、同様の手段で本件3、4の各手形(前同様の白地部分がある。)を振出させてこれを騙取したものである。

(2) 右訴外人は昭和四一年三月頃、原告から金一〇〇万円を借り入れ、その支払のために本件1、2、の各手形にその白地部分を勝手に補充した上これを原告に裏書譲渡したものであり、同年五月頃、右二通の手形の書換手形として、本件3、4の各手形(前同様に白地部分を補充したもの)を原告に裏書譲渡した。原告は右訴外人の一〇年来の友人であって、同人が被告の経理を担当して勝手な手形操作をしており、本件各手形を被告から騙取したものであることを熟知しながらこれを譲り受けたものである。≪証拠関係省略≫

理由

被告が満期、振出日、および受取人の各欄を除き原告主張のとおりの記載のある約束手形四通に振出人として記名押印をした事実、原告が現に右各手形を所持しており、その各裏書欄にはそれぞれ原告主張のとおりの裏書の記載がある事実は当事者間に争いがない。被告は右各手形を訴外林玄之助に交付した事実を否認するけれども、その弁論の全趣旨からすれば、被告の主張の本旨は、右各手形が右訴外人から詐取されたことを主張するにあり、右各手形が被告の意思に基づかずに右訴外人の手中に入った旨を主張するものではないと解されるから、結局被告は右交付の事実を明らかに争わないものと認めるべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、本件各手形は当初満期、振出日および受取人の各欄を白地としたまま振出されたが、振出にあたり格別にその白地補充権が制限されていたわけではなく、その後右四通の手形の満期および振出日ならびに3の手形の受取人の各欄は林玄之助によって原告主張のとおりに補充された事実が認められ、また、1、2および4の各手形の受取人欄は原告によってその主張のとおり補充されたから、結局、本件手形はいずれも完成手形であるといわねばならない。

被告は本件各手形を林によって詐取された旨を主張するけれども、≪証拠省略≫によっては未だ右の事実を認めるに充分とはいえず、他に右の事実を認めるに足りる証拠はないから、右の事実を前提とする被告の抗弁はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

次に≪証拠省略≫を総合すると、林は昭和四〇年八月初頃本件4の手形を、同年九月初頃3の手形を、同年一〇月下旬頃1および2の各手形を、それぞれ被告から振出を受けてこれを所持していたが、昭和四一年三月頃原告から金一〇〇万円を借り受けその支払のために右の1および2の各手形を原告に裏書譲渡したこと、右二通の手形の満期が到来した頃、林はその支払の猶予を求めて右二通の手形の書換手形として右の3および4の各手形を原告に裏書譲渡(但し3の手形については原告主張のような第二裏書の記載があるものを原告に交付した。)したこと(この事実は当事者間に争いがない。)、その後昭和四一年一一月一一日に林は原告にあてて金額合計一〇五万円の約束手形四通を振出したが、この四通の手形は本件各手形とは関係のないものである(この点に反する林証人の供述部分はにわかに採用できない。)こと、を認めることができ、以上の認定の妨げとなる証拠はない。

右の事実によれば、原告は林から本件1、2の各手形の書換手形として3、4の各手形を受けとり現に右四通の手形を所持しているものであるから、原告の林に対する新旧各手形上の権利は併存し(右3、4の各手形が更に林振出の四通の手形に書換えられたものと認められないことは前認定のとおりである。)、原告としては林に対し、新旧いずれの手形によってその権利を行使しても差支えないけれども、新旧双方の手形について同時にその権利を行使することは許されないというべきである。しかし、それだからといって、被告もまた右の事由に基づいて原告に対し右の新旧いずれかの手形につきその支払を拒み得るとなすことはできない。蓋し、被告としては本件四通の手形の振出人として受取人である林に対しその支払を拒み得る何の事由もない(林の詐取の事実が認められないことは前判示のとおりであり、そのほかには被告が林に対し右各手形の支払を拒み得る事由を有することについて何の主張も立証もない。)以上、自己の後者である林が原告に対して有するに過ぎない前記の抗弁事由をそのまま援用することは許されないと解するのを相当とするからである。

そうすると結局、被告の抗弁はすべて理由がないから、被告に対し本件各手形金の合計金二〇五万一五〇〇円とこれに対する各手形についての履行遅滞の後である昭和四三年三月八日以降完済までの商法所定の年六分の割合による遅延損害金との支払を求める原告の本訴請求は正当として認容しなければならない。本件手形判決は右の判断に符合し、これに付された仮執行および仮執行免脱の宣言も相当と認められるから、右手形判決はこれを認可すべきである。但しその主文第一項中前記手形金合計額に対する昭和四二年六月二四日から昭和四三年三月七日まで年六分の割合による金員の支払を命じた部分は、訴の一部取下により失効したから、右主文第一項は本判決主文第二項後段のとおり変更された。よって、民事訴訟法第四五八条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秦不二雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例